大判例

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東京高等裁判所 昭和41年(行コ)7号 判決 1969年2月13日

控訴人

静岡県

右代表者

竹山祐太郎

右代理人

堀家嘉郎

外一一名

被控訴人ら(合計二二九名)の

住所、氏名は別紙被控訴人目録のとおり

右代理人

大蔵敏彦

右同

小林達美

右同

芦田浩志

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

ただし、被控訴人のうち別紙被控訴人目録中原告番号一三〇、同一七五、同三二六、同三七五の各イ、ロ、ハの合計一二名については、原判決主文第一項を「控訴人は、原判決添付別紙請求認容一覧表中原告番号一三〇、同一七五、同三二六、同三七五記載の金員の各三分の一およびこれらに対する昭和三七年六月三〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を、当該原告番号の各イ、ロ、ハの各被控訴人に対し、それぞれ支払え。」と訂正する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実<省略>

理由

一被控訴人らが原判決添付別紙原告目録記載の各学校(本判決添付別紙被控訴人目録と同じ。ただし、右原告目録に静岡県立下田高等学校とあるのを静岡県立下田北高等学校と訂正する。)に勤務する静岡県立学校教職員であり、控訴人静岡県からそれぞれ原判決添付別紙超過勤務手当明細表記載の各給料(本俸、暫定手当、調整額)を支給されていたこと、および、静岡県においては、職員の正規の勤務時間は、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する条例」(昭和二八年三月二四日条例第三二号)(以下「勤務時間条例」という。)第二条、「職員の勤務時間、休日、休暇等に関する規則」(昭和二八年四月一日人事委員会規則一三―一)(以下「勤務時間規則」という。)第二条第一、二項により一週間につき四四時間とされ、勤務時間の割振は、月曜日から金曜日までは午前八時一五分から午後五時までとし、土曜日は午前八時一五分から午後零時一五分までと定められていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

1  被控訴人らの勤務する各学校においては、校長が学校の運営を適正に実施する目的のもとに職員会議が開かれていた。右職員会議は、法規上の制度として各学校に設置すべきものとはされていないが、学校教育の特殊性にもとづき各学校ごとに戦前から自然発生的に生れた事実上の制度であつて、運営方法等の実態は各学校によつて多少の相違があるが、右会議においてはおおむね、校長が教育委員会の措示事項や校長会の結果必要な事項の伝達をしたり、校長の教育方針を理解徹底させる等のことがなされるほか、学校の教育方針、教育活動の問題、生徒の懲戒、入退学者の決定、学期末成績の評価、文化祭体育祭等の行事の施行に関することからPTAに関する事項についてまで学校運営の全般の問題について審議された(なお、時には教職員の親睦に関する事項が協議されることもあつたが、これは教職員が集つた機会をとらえて附随的に行われたにすぎない。)。右審議の結果は、当然に校長を拘束するものではなかつたが、校長においてその結果を尊重し、これを参考にして学校運営の計画をたて、かつこれを実行して行く建前であつた。なお、右会議において審議された事項、欠席者の有無、会議の開始、終了時刻等会議の模様は、校務日誌、教務日誌に記載されたり、そのために作成されている職員会議録に記載されて記録にとどめられることになつており、学校によつては右記録を欠席者に回覧して周知徹底をはかつているところがあつた。

2  右会議は、校長の主宰のもとに当該学校に勤務する全部の教職員(とくに必要がある場合には事務職員が加わることもあつた。)をもつて構成され、教職員はとくにやむをえない支障のある者のほかは他の校務をさしおきあるいはやりくりをしてでもこれに出席すべきものとされていた。したがつて、やむをえず会議に欠席するとか途中で退席する者は、校長、教頭、会議の司会者あるいは同僚に断つて欠席または退席することになつていた。

3  右会議は、定例もしくは必要の都度月一、二回から四、五回位開かれるのを常としたが、右会議の開かれる日時場所はあらかじめ校長の措示により口頭または黒板に掲示する等の方法で職員に伝達された。会議の司会には教頭、教務主任あるいは輪番制で各教職員が当り、開始時刻は、教職員に支障の少い放課後、すなわち、授業のある平日は放課後の午後三時すぎとされることが多く、勤務時間の午後五時までには終了する例であるが、それまでに審議が終了しないで、とくに必要のある場合はそのまま勤務時間後も審議が続行されることがあり、また学校によつては勤務を要しない土曜日の午後に行われることもあつた。

4  右によつて会議が勤務時間外にわたる際、学校によつては、会議を打切るか続行するかについて出席者の意向をきき、それに従うことになつていたところがあるが、右の意向によつて会議が続行されることになつた場合においても、出席している校長は、会議の主宰者としてその結果を了承していたし、勤務時間の内外によつて、審議内容、審議方法等職員会議の運営にはなんら変更はなく、職員会議の性質内容に差異を生じることはなかつた。

5  以上のような職員会議が被控訴人らが勤務する各学校においてそれぞれ原判決添付別紙超過勤務手当明細表記載の各年月日(ただし、昭和三五年四月三〇日以前の分および気賀高校における昭和三六年二月一一日の分を限く。)に開催され、終業時刻から引続き同表記載のごとき終了時刻まで審議が続行されたが、被控訴人ら(ただし、主文第一項但書記載の被控訴人らについてはその先代、以下同じ、)は同表記載のとおり右会議に出席して右審議に参加した(ただし、職員会議の開始時刻について榛原高校における昭和三六年三月一八日(土)の分は同日午後一時三〇分である。)。

三教職員が右職員会議に出席することがその職務の範囲に属するか否かについてみるに、学校教育法第五一条または同法第七六条によつて本件各学校に準用される同法第二八条第四項は、教諭の職務として、「教諭は児童の教育を掌る。」と定めているところ、右認定の事実によれば、教職員が職員会議に参加することはこれによつて、校務を掌理する学校長(同法第二八条第三項、第五一条、第七六条参照)の教育方針を知り、またその教育方針に各自の意思を反映させ、かくして学校教育の向上をはかり学校全体として教育が一貫してかつ円滑に行われる作用を有するものであるということができるから、それへの参加は「児童(生徒)の教育」のために欠くべからざるものであるというべく、かような職員会議が勤務中に行われた場合はもちろんのこと、これを超えて正規の勤務時間以外の時間に行われた場合であつても、被控訴人ら教職員がこれに参加することはその教職員の職務の範囲に属することは疑のないところといわなければならない。もつとも右会議において教職員の親睦に関する事項が審議されることがあつたことは右に認定したとおりであるが、それは教職員が集つた機会をとらえて本来の審議に附随してなされたものにすぎないからこの一事をもつて職員会議が右に述べた性質を変えるものでないことはいうまでもない。

そして、右認定の事実によれば、被控訴人らが右認定の各職員会議に参加したのは各所属学校長の指示(職務命令)にもとづくものであることが明らかであり、それが正規の勤務時間以外の時間にわたる場合も校長が右会議を主宰しているのであるから、それが校長の指示(職務命令)にもとづくものであることに変りはなく、その際学校によつては出席者の意向により会議を継続するか否かを定めることになつていたことも右に認定したとおりであるが、右のようにしてなされる会議の続行もこれに出席し主宰している学校長が容認しているのであり、そのようにして続行されるのが右に述べた職務としての職員会議である以上、続行が職員の意向により決められたとの一事をもつて、右会議が私的なものに転化し(なお、本件において職員会議が教職員の親睦に関する事項を協議するために続行されたことを認めるに足る資料は存しない。)、あるいは、右職務がもつぱら職員の好意によるものであつて、それに対する対価の支払を必要としないものに転化するいわれはないから、以上を要するに、被控訴人らの右会議への参加は、校長の指示(職務命令)にもとづくものといわなければならない。これに反する控訴人の主張は採用できない。

四そこで、被控訴人らが正規の勤務時間外に行われた職員会議に出席したことを理由に時間外勤務に対する割増賃金の支払請求権を取得するか否かについて検討する。

(一)  まず、この点についての法律関係をみるに、被控訴人ら公立学校の教職員は地方公務員としての身分を有する(教育公務員特例法第三条参照)から、被控訴人らには地方公務員法が適用され、ただ、同法第五七条にもとづく教職員についての特例が設けられることがあるにとどまる。そして地方公務員には、特別に除外されたもののほかは労働基準法の諸規定が適用される(地方公務員法第五八条参照)ところ、労働時間等に関する労働基準法第四章については適用除外規定なく、かつ、被控訴人らは公立学校の教職員であつて同法第九条、第八条第一二号により同法にいう労働者に該当するから、同法第四章の諸規定は、被控訴人らに適用されることになる。

(1)  この点について、控訴人は、「地方公務員法第五八条は、一般地方公務員に関するものであつて、教育公務員については、同法第五七条、教育公務員特例法第二五条の五第一項により労働基準法は適用されない。」と主張する。しかしながら、教育公務員特例法第二五条の五第一項は「公立学校の教育公務員の給与の種類およびその額は、当分の間、国立学校の教育公務員の給与の種類及びその額を基準として定めるものとする。」との規定であつて、これは、地方公務員の給与勤務時間その他の勤務条件は条例で定める(地方公務員法第二四条第六項地方自治法第二〇四条第三項各参照)こととされているが、教育それ自体は国立、公立を問わず同一水準であることが望ましいところから、その勤務条件をも均質化するために、条例を制定する際の方針を規定したにすぎず、もとより地方公務員たる教育公務員について労働基準法の適用排除を定めたものではない(なお、教育公務員特例法第二三条第二項参照)から、控訴人の右主張は採用できない。

(2)  また、控訴人は、「義務教育費国庫負担法、市町村立学校職員給与負担法は給与の種類を限定して列挙しているし、ことに同法第一条において、時間外勤務手当に限つてとくに(事務職員に係るものとする)との弧括書を付していることから、この反対解釈として、教職員に対しては時間外勤務手当を支給できないことになつている。」と主張する。しかし、右各法律は公立の義務教育諸学校の経費をどこが負担するとかあるいは市町村立の小学校等の職員の給与をどこが負担するとかについて規定するものにすぎず、これにより教職員の給与を規定したものではないから、控訴人の右主張は採用できない。

(二) ところで、地方公務員については、その給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定めることとされ(地方公務員法第二四条第六項地方自治法第二〇四条第三項各参照)、反面、条例にもとづかずにはいかなる給与その他の給付をも支給してはならないとされている(地方公務員法第二五条第一項、地方自治法第二〇四条の二各参照)ので、これを受けて静岡県においては前記一に述べた勤務時間条例、同規則を制定し、職員の正規の勤務時間は一週間につき四四時間と定め、かつその勤務時間の割振をも定めているのである。一方労働基準法第三七条によれば、使用者が同法第三三条、第三六条の規定によつて時間外労働をさせた場合は通常の賃金の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないとされ、これに対応して静岡県においても、「静岡県教職員の給与に関する条例」(昭和三一年九月二八日条例第五二号、以下「給与条例」という。なおこの施行規則として、「職員の給与に関する規則」(昭和三二年九月一四日人事委員会規則七―二五、以下「給与規則」という。)がある。)第一五条において、「正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には、正規の勤務時間をこえて勤務した全時間に対して、勤務一時間につき第一八条に規定する勤務一時間当りの給与額の一〇〇分の一二五(その勤務が午後一〇時から翌日の午前五時までの間である場合は、一〇〇分の一五〇)を時間外勤務手当として支給する。」と定められているのである。控訴人は、「給与条例には教職員に対して時間外勤務手当を支給する規定がない。」と主張するが、右主張が理由のないことは右に述べたところから明らかである。

(三)  したがつて、法律および条例上被控訴人らには時間外勤務手当が支給される建前になつているといわなければならない。

五これを被控訴人ら教職員の職務の形態についてみるに、教員は児童生徒の教育を掌る(学校教育法第二八条第四項、第五一条、第七六条参照)というすぐれて創造的な職務にたずさわるものであるところから、その職務内容は日常の授業がその重要な地位を占めるが、もとよりこれに限定されるものではなく、授業時間にかかわらず、学校の内外を問わずに行われるべき児童生徒の指導その他準備、研究、修養、各種の校務等きわめて多岐にわたり、常に所定の勤務場所、時間に拘束されていたのではその活動に柔軟性を欠き本来の目的を充分に達成することができない性質のものであつて、他の職種のように労働時間をもつてその勤務をはかることが困難であるという特殊性を有することが明らかである。地方公務員法第五七条および教育公務員特例法(とくに、同法第一九条、第二〇条(研修)参照)はこれらの特殊性を考慮しての規定であり、また、<証拠>によれば、昭和二三年従来の官吏俸給令による給与から職務給を加味した一五階級の給与(二、九二〇円ベース)に切り替えが行われた際、教員については右のような特殊性等を考慮して一般の職員よりほぼ一割程度増額した給与額に切り替えられたいきさつがあるので、文部省当局としては爾後教員に対しては時間外勤務を命じないようにすべき旨の行政指導を行い、政府もこれに対する財源措置をしていないことを認めることができるのである。しかしながら、労働時間の算定が困難であつても、不可能というものでないことはもちろんであり、右のような職務の特殊性があるからといつて被控訴人ら教職員の職務の性質上当然に時間外勤務の観念を否定しなければならないことになるものではない。したがつて、右職務の特殊性も前記四において述べた法律および条例上の建前を否定するものではないというべきである。

六つぎに、教職員に対する時間外勤務命令についての静岡県の定めについてみるに、勤務時間条例第八条は、その第一項において一般の職員につき、臨時に必要があるときは、任命権者が職員に対して時間外勤務を命ずることができると定めているのに対し、その第二項においては、被控訴人ら教職員について、「県教育委員会が、特に定める場合に限り、これを命ずることができる。」と定めている。そして、県教育委員会が一般的に教職員に対し時間外勤務を命じうる場合を定めた規定は存せず、<証拠>によれば、静岡県においては、高等学校入学考査費として教職員の時間外勤務手当が若干認められ、その財政措置もとられていて、学校長の時間外勤務命令にもとづきなされた右入学考査のための時間外勤務に対して所定の時間外勤務手当が支給されていたほかは、教職員に対しては時間外勤務を命じないものとするとの文部省当局の指導に従い、一般に教職員に対しては時間外勤務を命じないものとされ、そのための県の予算措置もとられていないことを認めることができる。したがつて、静岡県においては、被控訴人ら教職員の任命権者であり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第三四条参照)、かつ、時間外勤務命令権者である県教育委員会は、各学校長に対し、前記入学考査の場合以外は時間外勤務を命ずる権限を委ねているものとは解せられないのである。

七(一) 果してしからば、本件各学校長が所属教職員である被控訴人らに指示して勤務時間外に職務として職員会議に参加させたのは、適法の権限にもとづかないものといわざるをえない。もしそういうことになれば、かかる時間外勤務に対しては時間外勤務手当を支給されないことになるのであろうか、問題であるといわなければならない。

校長は、各学校内における最高管理権者として、「校務を掌り、所属職員を監督する」権限を有する(学校教育法第二八条第二項、第五一条、第七六条参照)から、上司として所属教職員に対して労務管理事務を行うものであるというべく、この理は時間外勤務命令に関していえば、静岡県においては、前記六のごとく、入試事務に限つてではあるが、校長に該命令を出す権限を認められていたことからも明らかといわなければならない。そして、職員会議が校長の招集、主宰にかかるものであつて、その職員会議への参加は、教職員の職務であり、かつ、教職員は法律上校長に権限があると否とを問わず、事実上上司である校長の指示命令に従わざるをえない立場にあることを思えば、校長の本件指示には事実上の拘束力を認めるべく、右指示に従つて職員会議に参加した被控訴人らは、その間校長の指揮命令下にあつて自由にその時間を処分しえない状態におかれたものといわざるをえないのである。これに反する控訴人の主張は採用しがたい。したがつて、労働時間を規制して労働者の福祉をはかることを意図している労働基準法第四章の諸規定は、本件においては校長を名宛人としなければその実効をおさめえない訳で、これを法律的にいえば、校長は、同法第一〇条にいう「使用者」としての立場に立つものであり、その「使用者」としての校長の指示にもとづいて、正規の勤務時間外に職務としての職員会議が行われた以上、組織法上校長に右指示の権限がなかつたとしても、雇用主たる控訴人は、職員会議への出席という時間外勤務に対し所定の割増賃金を支払わなければならないと解するのを相当とする。控訴人は、「校長には本件時間外勤務命令権限がなく、この瑕疵は重大にして明白であるから、右命令は無効である。」と主張するが、右命令に事実上拘束力を認めざるをえない以上、その命令の行政法上の効力いかんは別として、控訴人は、右瑕疵を理由に割増賃金の支払を拒むことはできないというべきである。

(二) ところで、静岡県においては、勤務時間条例、同規則により勤務時間は一日八時間または四時間、週四四時間とされており、時間外勤務手当の支給を定めた前記四(二)の給与条例第一五条にいう「正規の勤務時間」というのが右をさしていることは明らかであるが、労働基準法第四章の諸規定は一日八時間、週四八時間という勤務時間を前提としているので、その間にそこが生じるのである。しかしながら、右勤務時間条例は、労働基準法に定める労働条件が最低のものである(同法第一条第二項参照)ことにかんがみ、同条の趣旨にしたがつて労働条件を高め労働時間を同法第三二条の定めより少く定めたものであり、給与条例第一五条も前記四(二)のとおり労働基準法の規定を受けたものと解される割増賃金の支払を定めているのであるから、労働基準法の解釈として右に述べたところは、勤務時間条例、同規則に定めた勤務時間を超えたすべての勤務について妥当し、右時間外勤務に対しては一律に給与条例に従つた割増賃金が支払われるべきものと解するのが相当である。

八控訴人は、「本件時間外勤務命令は、所定の方式にしたがつていないから、命令として不存在である。」と主張する。なるほど、給与規則第二七条には、時間外勤務手当は時間外勤務命令簿により勤務を命ぜられた職員に対し実際に勤務した時間を基礎として支給すると定められ、右命令簿の様式も別に定められていることが明らかで、前記六に挙げた各証拠によれば、入試事務の際には所定の方式に従つた勤務命令が出されているのに、本件被控訴人らの時間外勤務についてはかかる様式をそなえていないことを認めることができる。しかし、右命令簿は時間外勤務命令の有無と、これにもとづいてなされた時間外勤務の内容を明確にし、もつてその手当の支給に遺漏のないようにするために定められたものにすぎないと解するのを相当とするから、この命令簿に記載がないからといつて時間外勤務の事実を否定することは許されないというべきである。

九控訴人は、「地方公共団体の経費はすべて予算に計上されねばならないところ、静岡県においては入学試験事務の場合を除き教職員の時間外勤務手当について予算を組んでいないから、制度上これを支給しえない。」と主張する。静岡県において本件のような時間外勤務手当についての予算措置がなされていないことは、前記六において認定したとおりであるが、法律および条例上被控訴人ら教職員にも時間外勤務手当が認められている以上、財政措置を講じていないからといつて、地方公共団体としてその負担すべき手当の支給を拒みえないことはもちろんである。

一〇控訴人は、「被控訴人らが正規の勤務時間外になした勤務に対しては、翌日または前日の勤務時間を短縮して埋合わせをしているから、時間外勤務手当支払義務はない。」と主張する。勤務時間条例第二条第三項は、同条第一、二項の勤務時間の割振について、「職員の勤務条件の特殊性により前二項の規定により難いものがある場合においては、任命権者は、人事委員会の承認を得て別の定めをすることができる。」と定めているが、被控訴人ら教職員についてかかる定めがなされていた事実は認められないし、その他被控訴人ら教職員について労働基準法第三二条第二項に規定するいわゆる変形八時間労働制がとられていたと認めるに足りる証拠はない(なお、静岡県においては、本件後の昭和四一年七月八日「学校職員の勤務時間等の特例に関する規則」(昭和四一年七月八日教育委員会規則第五号)を制定して、以後いわゆる変形八時間制をとることになつたが、本件には適用されない。)から、被控訴人らについての正規の勤務時間およびその割振は前記一のとおりというほかはないのであつて、右正規の勤務時間以外の勤務はすべて勤務時間条例、給与条例にいうところの時間外勤務といわざるをえないのである。そして、前記二に掲げた証人および被控訴人本人の各供述によれば、なるほど、被控訴人ら教職員の終業時刻は午後五時とされていても、実際は各学校長によつて多少寛厳の差はあるが、おおむね午後四時をすぎると用事のない者は適宜帰宅を妨げない取扱になつていたことを認めることができる。しかしながら、右各証拠によれば、右のような取扱は自宅研修等の必要があつてとられていることを認めうるし、前記五に述べた教職員の勤務の特殊性を考慮すれば、勤務時間内に帰宅を妨げない取扱がなされたからといつて、そのために当然以後の時間が勤務を要しない時間になるものとはいえないから、この点の控訴人の主張は採用できない。

一一控訴人は、「本件のような時間外勤務に対しては、時間外勤務手当を支払わない、あるいは、時間外勤務手当は請求しない、旨の事実たる慣習があつた。」と主張するが、被控訴人らにも適用のある労働基準法は割増賃金の支払を強制することによつて労働時間を規制しているのであり、給与条例がこれを受けているものであることにかんがみれば、時間外勤務手当を支払うかどうかは公の秩序に関する事項であつて、当事者の任意処分を許さない領域に属するものというべく、したがつて、従前この支払がなされたことがないことをもつて控訴人主張のような慣習がある場合にあたるとしても、その効力を有せざるものというべきである。

一二しかして、時間外勤務手当の算出方法が労働基準法第三七条同法施行規則第一九条第一項、給与条例第一五条、第一八条、給与規則第二八条第二項により、時間外勤務一時間について

の割合による金員となることが明らかであるから、前記二に認定した時間外勤務に対し、前記一の各給料額を基礎として、右算出方法によつて算出すると、被控訴人らについて認められる時間外勤務手当は、原判決添付別紙時間外勤務手当明細表備考欄記載の各金額(その各被控訴人についての合計額は原判決添付別紙請求認容一覧表記載のとおり)となることが計数上明らかである。

そうだとすると、以上と同趣旨において、右各金員とこれに対する支払期到来以後である昭和三七年六月三〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分について、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であつて本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却すべく、なお、本判決主文第一項但書記載の被控訴人一二名につき、その各先代が死亡し、それぞれ三分の一ずつの相続分によつて相続したことは当事者間に争いがなく、そのように請求の趣旨が変更されたから、右主文第一項但書のとおり訂正すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小川善吉 小林信次 川口富男)

別紙・被控訴人目録<省略>

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